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『石川雅之先生』 その1

世界で初めて「菌」を可愛く描いた『もやしもん』によって、日本中に「菌」ブームを巻き起こした石川雅之先生。今回のまんがのチカラは、その石川先生に突撃取材を敢行!! 伝説の連作『週刊石川雅之』から、新増刊誌『good!アフタヌーン』にて連載の新作『純潔のマリア』まで、先生に語っていただきました!!

『石川雅之先生』 その2>>

100万円目当てでまんがにチャレンジ!!

――まず先生の少年時代について教えてください。やっぱり子どものころからまんががお好きだったんですか?

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石川:特にまんがが一番好きだったということはないですね。絵を描くのはそれなりに好きだったんですけど、それも一人遊び的なもので、人に見せたりとかはしていませんでしたね。描いて、捨てて、描いて、捨てて、みたいな。

ここで、なにかまんがとの感動的な出会いがあったとか、そういうことを言うと盛り上がるんでしょうけど。本当になんにもないんですよ。

――でも、現在まんが家になっているということは、何らかの「出会い」があったわけですよね? そのあたりのお話をお聞かせいただけませんか?

石川:20歳くらいのころ、工事現場のバイトをしていたんですが、移動に使うトラックにまんが雑誌が置いてあって、その中に入選したら100万円という賞の募集が載っていたんですよ。そんな大金がもらえるんだったらやってみようかな、って。

基本的にはお金が動機だったんですよ。

でも、それまでまんがなんて描いたことないわけですよ。原稿用紙がどこに売っているかも知らなければ、ペンやインクを使うってことすら知らない。絵を四角い枠で区切ってセリフを入れればまんがになるだろう、後は出版社の人がなんとかしてくれるんだろうって、そんな感じでとりあえず応募したのが最初です。

――なるほど。ちなみに、どういった内容の作品だったんですか?

石川:どんな話だったかな……。女の子が主人公でいっぱい人が出てくるってことだけは覚えているんですけど、どんなオチだったかは忘れちゃいましたね。まぁ、その程度の話だったんですよ(笑)。

でも、それを見た編集部の人から「8万円くらいならあげるからおいでよ」って電話がかかってきたんですよ。(※8万円は、ちばてつや賞「期待賞」の賞金)

――それまで何の経験もない人が初めて描いたまんがが、編集者の目に止まるって、すごいことですね。

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石川:いや、でも100万円を狙って応募したわけですから、僕としては「え、8万円なの?」っていう気持ちになりましたよ。だから、それですぐにまんが家になろうとは思わなくて、その後もずっとバイトが生活の中心でしたね。年に1度くらい読み切りを載せてもらうくらいの感じで。

すごくいい加減ですよね。まんが家になるという意識もないまま、お話を思いついたら描いて送って、だれかが原稿を落としたら代わりに載っかって、それでちょろっとお金をもらって……(笑)。そんなもんですよ、最初なんて。ほかのまんが家さんは違ってましたか?

――うーん、そうですね。大真面目にまんが家を目指していた方が多かったように思います(苦笑)。しかし、逆に言うと、それでプロデビューしてしまうっていうことがすごいですよ。全部独学ですよね?

石川:教えてもらおうにも、誰に聞けばいいのかも分かりませんからね。最初に買った道具も、文房具屋のまんがコーナーみたいなところに行って、適当にそれっぽいものを選んだだけですし。

最初はペン先が消耗品だなんてことも知らなくて、同じものをずーっと使っていたりしましたよ。細い線が書けなくなったペン先は太い線用にしたり。あと、スクリーントーンも知りませんでしたね��

――それは独学でまんが家を目指した人にありがちな話らしいですね。

石川:でも当時の僕は、トーンのことを知った後も、あんなものは僕みたいな新人風情が使うものじゃないと思っていたんですよ。だって、絵を描きたくてまんが家という仕事を選んだわけでしょう? それがロクに認められてもいないうちから、お手軽な方向に行ってどうするんだと。それで「まんが家です」なんて言っていいのかと。

当時は、そんな妙なプライドが先に立っちゃって、トーンを使わなかったんですね。まあ、単純に高くて買えなかったというのもあるんですけど(笑)。

――先生の作品がいまでもあまりトーンを使わないのは、当時の影響が大きいんですね。

石川:描けるものは自分で描こうよって気持ちは、今でもありますね。売れっ子になって時間が足りなくなったら、そのときに使えばいいじゃないと思うんですよ。それによって上達するって面もあるでしょうし。

――先生の画力は、そういうところで培われていった面もあるんですね! それで徐々にアルバイト中心の生活からまんが家にシフトしていったのでしょうか?

石川:実はその後、いったんまんがを描くのをやめてしまったんですよ。

本気でまんがに取り組もうと思ったのは、その数年後、もう一度描くことを決めてからですね。どうせやるなら一番売れている作家になりたい、だったらモーニングに挑戦しようと、であれば本気でやらないとダメだって。

――石川先生にとって、モーニングはある種、象徴的な雑誌だったんですね。

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石川:自分の中で一番売れている雑誌という印象があったんですよ。バイト先に行っても、必ずモーニングをみんなが読んでいて、あそこで一番になったら、青年まんが全体で一番なんだろうなって思っていたんです。

それで『神の棲む山』(単行本『人斬り龍馬』収録)を描いて、ちばてつや賞に応募したら、今でも一緒にやっている松下さんが担当についてくれて。

――そこから当時、モーニング読者の間で話題になった『週刊石川雅之』(2002年に短期集中連載)につながっていくんですね。新人作家が突然、オムニバス形式で10号連続掲載(正確には第1話掲載後、約3ヶ月の準備期間を経て、2~11話を10号連続掲載)というのはかなり異例のことだったと思うのですが、どういった背景があったのでしょうか?

石川:担当がついたはいいものの、実績もなにもない新人なので、まずは読み切りを描けってことになるじゃないですか。

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ところが僕の当時描いていたまんがというのが、時代劇とかぜんぜん売れなさそうなヤツで(笑)、それで現代劇を描いてごらんって言われて描いたのが『週刊石川雅之』の第1話になる「彼女の告白」なんです。

当時の編集長が気に入ってくれて、すぐに掲載してもらえたんですが、「1回だけ載せてもインパクトが弱いから、さらに10週連続でやって単行本にしよう、できるか?」って聞かれたんですよ。そうしたら「できる」って言うしかないでしょう?(笑)『週刊石川雅之』はそうしてスタートしたんです。

11月7日 新増刊誌『good!アフタヌーン』登場!!

モーニングから始まり、アフタヌーン、イブニングと拡大してきた講談社の青年コミック誌に新たな一冊が加わります。その名も『good!アフタヌーン』。すでに各所で大々的に告知が始まっていますから、皆さんはもうご存じですよね?

石川先生の新作『純潔のマリア』を筆頭に、全20作品=650ページという超豪華ラインナップが早くも話題に。その魅惑の作品群については公式ウェブサイトを参照のこと。「え? あの先生が?」と驚愕すること請け合いですよ!!

まんがファンならば興奮せずにはいられない、今年最大のビッグ&ニューウェーブ。 発売日は11月7日(金)。以後、隔月刊で定期刊行予定です!!

>>公式サイトはこちらから


上野の森でオリゼーたちに会える?
「菌類のふしぎ -きのことカビと仲間たち」開催中!!

現在、東京は上野公園の国立科学博物館において、菌類にスポットを当てた『もやしもん』全面協力の展覧会が実施中です。日本初公開となる太古のきのこや光るきのこなど、500点以上の標本や資料が大集合!! もちろん「もやしもん」キャラが、“リアルもやしもん”ワールドをナビゲートしてくれますよ。

開催期間は2008年10月11日から2009年1月12日まで。
「もやしもん」を通じて菌に興味をもった皆さん! これは行かねば!!

>>公式サイトはこちらから

石川雅之プロフィール

石川雅之(いしかわまさゆき) 1974年、大阪府生まれ

1997年、別冊ヤングマガジン掲載『日本政府直轄機動戦隊コームインV』でデビュー。1999年、『神の棲む山』でちばてつや賞準入選。2002年『週刊石川雅之』連載などを経て、2004年『もやしもん』イブニング誌上にて連載開始。農大という舞台や、菌が見える主人公などといったユニークな設定によって一躍人気作家に。極度にデフォルメされた「菌」のキャラクターは多くの女性ファンも獲得した(2007年にはアニメ化も実現)。2008年11月7日発売の新増刊誌『good!アフタヌーン』にて新作『純潔のマリア』を連載開始。


「まんがのチカラ」次回予告
紆余曲折を経て始まった『週刊石川雅之』の連載。そして、さらなる紆余曲折を経て始まる『もやしもん』の連載。次回は、「非常にキツかった」という『週刊石川雅之』の連載裏話から、膨大な取材を行ったという『もやしもん』の誕生秘話までをお送りします。公開予定は2008年10月20日(月)。お楽しみに!

2008年10月15日