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三田紀房先生 その1

現在、週刊連載(『ドラゴン桜』/モーニング)と、隔週連載(『マネーの拳』/ビックコミックスペリオール)に加え、原作でも隔週連載(『銀のアンカー』/スーパージャンプ)を抱える、三田紀房先生。その画期的な仕事の進め方と、気になる余暇の過ごし方について教えていただきました。

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日本一忙しいまんが家は徹夜をしない?

---- 先生は今、日本で一番忙しいまんが家のおひとりと言っても過言ではないと思うのですが、これだけの分量をいったいどのようにこなしていらっしゃるのでしょう? やっぱり徹夜の連続なんですか?

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三田:今は8人のアシスタントスタッフに、週に4日出勤してもらって制作しています。土日に僕がストーリー作りと原稿の準備をやって、月曜から木曜までで作画するってサイクルの繰り返しですね。なんだかんだで、僕も毎週1日は休んでいますし、働く時間も毎日9時30分〜18時30分と決めています。徹夜はここ数年まったくしていません。

---- それは意外です。ずいぶんと計画的にお仕事されているんですね。

三田:そうですね、スケジュール管理には気を遣っています。週刊連載1本だけなら適当でもなんとかなるんですが、そうではないので......。油断していると、とたんにパニックになってしまう。だから、そこはもう、きちん、きちんとやってます。そうしないと、体力的にも長く続けられない。

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実は、「クロカン」の頃はけっこう徹夜で作業していたんですよ。でも、それだとスタッフが定着しないんです。新人の子を半年~一年かけて仕込んで一人前にして、さあこれからって時に「辞めたい」って言ってくる(苦笑)。

僕もスタッフの出入りが激しいと、仕事場の雰囲気が落ち着かなくて、すごくストレスを感じる。だから、これを何とかしたいと思って、いろいろ話し合いました。

それで分かったのが、今の若い子は「お金」よりも「時間」を大事にしているということ。そこで思い切ってスタッフの人数を大幅に増やして、1人あたりの仕事時間を減らすようにしてみました。もちろんその分、お給料も減るんですが、彼らはそっちの方が良かったみたいですね。その後、定着率が急激に向上したんですよ。

結果、熟練の人が残ってくれるようになったので、さらにスピーディに仕事ができるようになりました。チーフクラスの子になると、僕に聞かなくても自分たちで仕事を割り振って、どんどん作業を進めていってくれる。僕は常に「考えて仕事をしなさい」と言っているのですが、今はそれが上手く回っていますね。

---- なるほど。それが、これだけの量をこなせる秘訣なんですね。原作を担当している「銀のアンカー」はどのように進めているんですか?

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三田:『銀のアンカー』は、元チーフアシスタントが作画を担当しているので、一般的な原作・作画の関係よりも密接にやりとりしています。

まず、僕がネーム(まんがを描く際の設計図のようなもの)を作って送ります。すると、彼がそれを元に下書きした原稿用紙を持ってくるので、構図とか人物とかに手を入れて、それを直してもらいます。それを何度か繰り返して、満足できるモノに仕上がってからやっと描き始めてもらうという方式ですね。

---- 原作というより監督といった感じですね。

三田:きちんと意図通りに描いてもらいたいという気持ちがあったので、そのやり方で出来る人ということから、元チーフアシスタントを指名させてもらいました。編集部としては別の作家さんを考えていたようですけどね。

まあ、ボーナスってわけじゃないんですが、僕の下で育ったベテランに大きな仕事を回してあげられたことで、今、働いてくれている子達にも「頑張れば俺も!」って夢を持たせてあげられるようになったのは良かったんじゃないかな、と思っています。

三田紀房プロフィール

三田紀房(みたのりふさ) 1958年、岩手県生まれ。

明治大学政治経済学部卒業後、一般企業に就職。直後、家庭の事情で退社し、家業の衣料店を兄と共同経営するが上手く行かず、賞金目当てでまんが家を志す。1988年、講談社「モーニング」で新人賞デビュー(当時30歳)。その後、高校野球まんが『クロカン』『甲子園へ行こう!』で注目を集め、2005年、大学受験をテーマにした『ドラゴン桜』で第29回講談社漫画賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞している。


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2007年02月16日