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『諸星大二郎先生』 その1

今回のまんがのチカラは、古事記や西遊記などを題材にした伝奇まんがの第一人者である諸星大二郎先生が登場。その独特な作風でディープなまんがファンから熱狂的な支持を集める諸星先生がどのようにしてまんが家になったのかや、最新作『西遊妖猿伝・西域篇』の今後について、じっくり語っていただきました!!

『諸星大二郎先生』 その2>>

独りでひっそりと始めた「まんが」

――まずは先生がまんが家を志した理由についてお話をお伺いしたいと思います。まず、出身について教えてください。先生は長野のお生まれだそうですね。

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諸星:どこで生まれたかと言われるとそうなんですが、物心ついた時には東京に引っ越していたので、あまり「長野出身」という気はしないんですよね。

――長野出身で東京育ちということですね。ちなみに東京のどのあたりにお住まいだったんですか?

諸星:足立区ですね。東京23区の北のはずれです。父親が北千住の近くで小さい町工場をやっていたんです。そこで高校くらいまで育ちました。

――どういうお子さんだったんですか?

諸星:ごくごく大人しい、家に引きこもって絵を描いているような子供でしたよ。外に出るのはあまり好きではありませんでしたね。

――どういった絵を描かれていたんですか? やはり好きなまんがの模写とかでしょうか?

諸星:いや、模写はあんまりやらなかった。そういうのではなく、紙芝居とかを描いてました。確か主人公がワニ(笑)。

――紙芝居ですか? お話も自分で考えて? どんなお話だったんでしょう。

諸星:いや、ほとんど覚えてないんですよねえ。ワニがいて、木の上からヘビがおそってくるとか、そんなんだったような気がします。大した話じゃないから全然記憶に残ってない。

――しかし、ワニが主人公というのは個性的ですよね。普通はどちらかというと悪役じゃないですか。何か理由があったりするんですか?

諸星:いや、単に描きやすかっただけじゃないかな。サムライやロボットは子供には描けませんから。あー......でも、ワニがかっこよく見えたの......かな?

――できあがった紙芝居は人に見せたりしたんでしょうか?

諸星:いや、ぜんぜん覚えてない。でも、兄1人、姉2人の四人兄姉だったから、兄には見せたかも知れませんね。

――お兄さんはどういう方だったんですか?

諸星:器用で、いろんなことをやっていました。僕が落書きするようになったのも、兄の影響かも......。

――やっぱりご実家が町工場だったってことで、お二人とも才能があったんでしょうかね?

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諸星:さあ、関係ないんじゃないかな(笑)。

――そんな先生が「まんが」を描くようになったのはいつくらいからなんですか?

諸星:中学生、いや小学校の高学年くらいのころかなあ。当時はテレビもまだなくて、子供の娯楽はまんが中心でしたからよく読んでいたと思いますよ。それで自分でも描いてみようと思ったんでしょう。

――どんな作品が好きだったんですか?

諸星:手塚治虫先生の『鉄腕アトム』が好きでしたね。もっとも、雑誌を買うお金はなかったので、もっぱら単行本読者でした。それも縁日の露店で売ってるような古本とかで読んでいました。当時はお祭りに行くと、路上にゴザ敷いて1冊50円とか100円とかで売っていたんですよ。

――『鉄腕アトム』はどの辺がお気に入りだったんですか?

諸星:「電光人間の巻」(悪人にそそのかされて金品強盗を繰り返す透明ロボット「電光」がアトムとの関わりの中で正しい心に目覚めていくというエピソード。最後のどんでん返しは必見)や「海蛇島の巻」(アトムの初恋を描いたことで有名)ですかねえ。あと「ZZZ(スリーゼット)総統の巻」(世界連邦創設に関わったリヨン大統領と、毒ガスで世界中に混乱を巻き起こすZZZ団との知られてはならない関係とは? 後に手塚治虫先生自らが「結末を考えずに描き始めた」と告白したことで話題になった)も好きでした。何にせよ初期の作品が好みです。

――そしてそれに触発されるような形でまんがを描き始めるようになったんですね?

諸星:うーん、触発ってほどまではいってなかったと思いますけどね。ただ、何となく描いてみようかなと思ったんです。それもノートの切れっ端にコマ割って適当に描いていただけ。ペン入れもつけペンじゃなくて、万年筆か何かでやっていたような気がする(笑)。

――道具はともかくペン入れまでしていたってのは本格的じゃないですか?

諸星:どこかで「プロはペンで描くらしい」って話を仕入れてきて、手近にあった万年筆でやってみたって程度ですよ。

――ちなみに先生の絵のレベルは当時はどのくらいだったんでしょうか?

諸星:クラスでは一応、絵が上手い子と思われていたんじゃないでしょうか。

――やっぱりそうなんですね。そうすると、描いたまんがも引っ張りだこだったんじゃないですか?

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諸星:いや、描いたものをクラスメートには見せていなかったですね。実際、今の子達が描くようなまんがと比べたらひどいもんですよ。丸に目と口をかいて顔にしたりとか、そういうレベル。

――お話作りに重点を置くタイプだったんですか?

諸星:いや、お話もひどかった(笑)。だから、もうそのノートとかも処分しちゃいましたね。残ってないです。

諸星大二郎プロフィール

諸星大二郎(もろほしだいじろう) 1949年、長野県生まれ

1970年、COM掲載『ジュン子・恐喝』にてデビュー。その後、1974年に第7回手塚賞を受賞し、同年『妖怪ハンター』で週刊連載開始。代表作は1983年から数度の中断を挟み続けられている『西遊妖猿伝』で、現在はモーニング誌上にて第2部・西域篇を連載している。伝奇・SFまんがを得意とするが、時折、ユーモア感覚にあふれた作品も執筆。『妖怪ハンター』や『栞と紙魚子』など、多くの作品が映像化されている。


「まんがのチカラ」次回予告
当時としては遅咲きだった諸星先生のデビュー。次回は、一度は就職したという諸星先生がどのようにプロ作家へと転身したのか、そして評価の高いデビュー作『妖怪ハンター』に関するエピソードをお届けします! 更新は2009年6月15日(月)の予定です。

2009年06月08日