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『諸星大二郎先生』 その2

今回は、諸星先生の下積み時代にフォーカス。一度は就職したという諸星先生が、以下にしてプロのまんが家へと転身したのかについてお伺いしました。連載デビュー作『妖怪ハンター』誕生エピソードについても紹介します!!

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サラリーマンを続けたくなくて、まんが家デビュー?

――自分でもまんがを描いてみたりはしたものの、恥ずかしくて友達には見せられなかったという先生が、実際にプロのまんが家になったのは、21歳の時です。これは今でこそ普通ですが、当時としてはけっこう遅めですよね。

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諸星:遅い方かもしれませんね。高校を卒業したあと、公務員として、東京都のある施設に勤めていたんです。実は本格的にまんがを描き始めたのはそのころからなんですよ。

中学~高校生くらいのころにもまんがっぽいものを描いてみたりはしたんだけど、やっぱり手塚治虫先生の絵に似ていくような気がしてね(苦笑)。ちょっと嫌になっちゃったんですよ。それでしばらく描いてなかったんだけど、就職してから何となく描いてみようかなあって。

――その当時、まんが家を志していた友人はいらっしゃったんですか?

諸星:そういうのは全然ないですね。仲間もいなければ師匠もなく、見よう見まねでやってました。まんがの入門書、例えば手塚先生の『マンガの描き方』や、石ノ森先生の『マンガ家入門』あたりを読んで、適当にね。

――それで実際に描かれたものをいきなり投稿したりしたんですか? でも、先生それまで一度も人に作品を見せたことが無かったんですよね? それはかなり勇気がいることだと思うんですが......。

諸星:周りにやっている人がいないんだから仕方ない。自分のレベルが分からないわけだから、そういうところに応募しないとプロになれるものなのか、箸にも棒にもかからないものなのかが分からない。だから、ちょっと試しに送ってみようかみたいな感じだったんですよ。

――それが1970年のことですよね。その結果はいかがでしたか?

諸星:最初の作品は佳作でした。雑誌でちょっとだけ紹介された(『硬貨を入れてからボタンを押してください』でCOM「ぐら・こん」佳作5席受賞)。

――すごいですね! ちなみに、それはどんな作品だったんですか? 単行本未収録ですよね?

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諸星:いや、それがこないだユリイカ(青土社刊。2009年3月号で諸星大二郎特集を掲載)に載せられてしまったんです。話の内容については勘弁してください。今になっても直視できない(笑)。

――やっぱりそういうものなんでしょうか。でも、ファンは必見の作品だと思います。そして、その作品あってこそのデビューですよね? 佳作受賞後、やっぱりすぐに編集部から連絡があったんですか?

諸星:いや、連絡らしいものはなかったですね。でもせっかく佳作になったのだから、もう1回やってみようと思って応募してみました。

――それがデビュー作となった『ジュン子・恐喝』(COM 1970年12月号掲載)になるんですね。ちなみに、COM(注:手塚治虫先生が中心となって立ち上げたまんが雑誌。キャッチフレーズは「まんがエリートのためのまんが専門誌」。新人育成を熱心に行なったため、ここから多くの新人作家が巣立っていった)に投稿したのはやっぱり手塚先生がお好きだったからということなんですか?

諸星:そういう気持ちがなかったとは言わないけど、どうかなあ。それよりも当時、アマチュアのまんが投稿先がCOMくらいしかなかったという事情が大きかったと思います。

――なるほど、そういう時代背景もあったんですね。そして、そこでの入選によってまんが家を志すことに?

諸星:「��しかしたらやっていけるんじゃないか」とは思ったと思います。でも結局その後3年間、社会人をやったんですよね。それで、そこまで勤めてみて、つくづくサラリーマンにはむいてないなあと思っちゃった。仕事もつまらなかったし。それで、だったらまんが家を目指した方が良いだろうと思って、4年勤めた会社を辞めたんです。

――まんが家になりたかったというより、今の仕事を辞めたいという気持ちの方が強かった?

諸星:そうですねえ。で、その後、いくつかの雑誌に持ち込んだりしている中で、少年ジャンプの「手塚賞」を受賞(『生物都市』で第7回手塚賞入選)して、デビューできたのでほっとしました(笑)。

――それが、現在もシリーズとして描き続けられている代表作『妖怪ハンター』ですね。

稗田のモノ語り 魔障ヶ岳 妖怪ハンター

諸星:まあ、ちょっとの間だけの連載でしたけどね。手塚賞を獲った以上、何か連載をしろということになって始めました。それで当時、ホラー小説を読んでいたことから「ゴーストハンターものをやってみたい」って提案したんですよ。少年ジャンプには、「友情・努力・勝利」が中心ではあったものの、ホラーまんが的なものも載っていましたから大丈夫だろうって。

――『妖怪ハンター』はホラー小説がモチーフになっているんですね。

諸星:そうですね。ハワード・フィリップス・ラヴクラフトやアルジャーノン・ブラックウッドという小説家の描いたゴーストハンターものなど、当時読んでいた本のいくつかを参考にしました。ちょっと暗い雰囲気なんかは似ているかも知れません。はつらつとした少年誌にはふさわしくない内容(笑)。

で、それ以外にもネタをいろいろ探している中で、たまたま装飾古墳の写真集を見かけて、「あー、こんなものがあるのかぁ」と思って古墳を舞台にして、そこから主人公は考古学者だろうってことになったんですね。主人公・稗田礼二郎(ひえだれいじろう)の名前も資料として読んだ『古事記』の編纂者(稗田阿礼/ひえだのあれ)からいただきました。

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――なるほど。それまで長らく、ホラー小説や古代史について研究していたとか、そういうことではないんですね。

諸星:そうですね。実はあんまり知りませんでした。連載を始めてから、(そういう知識を)いろいろ仕込んでおいた方がいいんだなって考えたくらいです(笑)。

諸星大二郎プロフィール

諸星大二郎(もろほしだいじろう) 1949年、長野県生まれ

1970年、COM掲載『ジュン子・恐喝』にてデビュー。その後、1974年に第7回手塚賞を受賞し、同年『妖怪ハンター』で週刊連載開始。代表作は1983年から数度の中断を挟み続けられている『西遊妖猿伝』で、現在はモーニング誌上にて第2部・西域篇を連載している。伝奇・SFまんがを得意とするが、時折、ユーモア感覚にあふれた作品も執筆。『妖怪ハンター』や『栞と紙魚子』など、多くの作品が映像化されている。


「まんがのチカラ」次回予告
次回もこのまま『妖怪ハンター』について。初めての週刊連載にまつわる苦労について語っていただきました。そして、現在モーニングで連載中の『西遊妖猿伝』(単行本6月23日発売!)についてもインタビューを敢行。今後の展開について、ちょっとだけ教えていただきました。 更新は2009年6月22日(月)の予定です。

2009年06月08日

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