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弘兼憲史先生 その5

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まんがというメディア

■ 日本の青年向けまんがと、海外まんが事情

---- なるほど日本のまんが文化がここまで成長するのには、そのような経緯と理由があったわけですね。一方、欧米における日本のまんがは、どのような状況なのでしょうか。

弘兼:欧米の"コミック"は、まだこども向けの限られた市場から抜け出せていません。結局のところ、一般の大人向けには作っていないんですよ。日本との大きな違いは、そこですね。ですから、日本のまんがも、まだまだ忍者ものやサムライものなどが好まれる傾向にあります。だから『島耕作シリーズ』のようなビジネスものは、あまり読まれませんね。

---- 欧米では大人はまんがを読まないということなのでしょうか?

弘兼:まだまだ一部の人でしょうね。数年前に、ジョージタウン大学で、日本まんが文化をについて講演をしたんですが、その時に来た聴講生のほとんどが、アメリカ全土から集まってきたオタクたち、いわゆる『日本まんがオタク』という人たちでした。なかには、結構いい歳のおじさんもいましたが、彼らも中高生向けのオタクテイストの強いまんがを読んでいるんですね。2メートル近い大男が、マンガのキャラクターTシャツ姿で歩いていたりして、それは異様な雰囲気ですよ(笑)

---- 日本まんがはなぜ、根付きにくいのでしょう?

弘兼:日本のまんがを英語圏に輸出する時の一番の問題は、まんがが右開きの縦書き文化であるということなんです。
日本ではフキダシの中の台詞は立て組みで、いわばS字に読みますよね。ところがアメリカだと誌面は日本と逆開きで、Z字に読んでいく。本来S字の流れで読むようにつくってある構成をZに読ませるように作り変えるので、流れもよくないし、本来の面白さが伝わりにくい。図柄を逆版(原稿の左右を反転させて印刷すること)で作ったりするんです。その結果、登場人物が全員左利きの、おかしなまんがになることもしばしばです。また、逆版にすると、まんが家の筆クセがはっきり出てしまうので、それを嫌がって欧米版については、わざわざ描き直すまんが家さんもいるぐらいです。そういった意味でも日本のまんがは中国や台湾、香港などの縦書き文化の国になじみがいいですね。

■ こどもたちのまんが離れ------幼い時期こそ、もっとエモーショナルな作品を

---- いまや、まんがは大きなチカラを持っていますが、一方で、最近はまんが業界の勢いが失われたともいわれています。

弘兼:こどもが「まんが離れ」しているのは大きいでしょうね。昔は、こどもの娯楽といえば、まんがしかなかったから、迷わず飛びついていました。でも、当時に今のようなTVゲームがあったら、たぶんTVゲームが勝っていたでしょう。こどもというものは、ハラハラドキドキの刺激が大好きなんですね。だから、思わずほろりとくるような人情話に触れるよりも、アクション・ゲームのように敵が攻撃してくるのをかわしながらドキュンバキュンやってるほうが単純に楽しい。
最近のこども向けまんがは、��の風潮に迎合して、ゲームの中身そのまんまだったり、おもちゃメーカーと組んで企画が始まったりというケースも多くなってきています。そのほうが、確かに商売としては儲かるでしょうけれど、その影響で今まで日本が培ってきた、豊かなまんが文化が損なわれるのは悲しいことです。私たちがこどもの頃に読んだ、思わず泣けるような作品は、すっかり影をひそめています。こどもが読むまんがにこそ、もっと情緒的な、エモーショナルな作品が必要なのではないでしょうか。

---- シルバーコミックの可能性〜『島耕作シリーズ』と『黄昏流星群』から

弘兼:私の場合、これまでずっと同世代の共感というか、たとえば中高年の恋愛や勤め人の視点を意識しながら描いています。
(前回お話ししたように)3年ほどサラリーマンを経験しまして、それに基づいて描いたのが『島耕作シリーズ』でした。たとえば島耕作の場合、主人公は「勝ち組中の勝ち組」。彼のように、モテモテで、大企業のトップになれるのは、それこそ何十万人の中から一人でしょう。いわば、大人のお伽噺です。現実では手の届かない夢物語を、どれだけ共感を持って読ませることができるか。そこで舞台を一般のサラリーマン社会においてみたんです。
長らく「島耕作シリーズ」のターゲットにしてきた団塊の世代も、そろそろ引退なのでこれからは『定年島耕作』や、老後の生き様を描く『ボランティア島耕作』なんてのを、描いたほうがいいのかもしれませんね(笑)。でも、せっかく、ここまで勝ち組の夢物語でやってきたんだから、最後はきちんと社長にしてあげたほうがいいのかな、とも思います。

---- 島耕作のような勝ち組を描く一方、ごく一般的な普通の人の話を描いた『黄昏流星群』が50代、60代の読者の方々に人気が高いですね。世代ごとに新たなテーマを開拓してきた先生ですが、これから先、日本のまんがはどういった方向に展開されると思いますか?

弘兼:先ほど言ったことと矛盾するようですが、個人的には、無理してこどものまんがファンを創ろうとするよりも、これまで育ってきた"おとな"のまんがファンに、墓に入るまでつきあっていただくほうがいいんじゃないかなと、思っています(笑)
今後、各企業から団塊の世代向け、高齢者向けの商品がたくさん出てくるでしょう。そのうちの一つが、おとなのためのまんが、"シルバーコミック"だろう、と考えています。
つまりまんがを読んで育ち、まんがを育てきた世代が、定年になって暇になります。老眼で活字を読むのがつらくなったとしても、まんがは文字が大きいですから読みやすいですし、興味のある内容なら絶対読みますから。年金で生活するようになっても、まんがは日常的に楽しめる娯楽となり得ると思うんです。

2006年12月01日