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『中村光先生』 その2

『荒川アンダーザブリッジ』『聖☆おにいさん』とギャグセンスがキラリと光る中村先生。そんな先生が最初に投稿した作品は意外にもシリアスなストーリーまんがだった・・・!? 今回は、先生のまさにアートな家庭環境から、デビューへの道のりまでを、たっぷりとお届けします。

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本当はストーリーまんがを描きたかった下積み時代

――前回、最後にご家族の話が出てきましたが、先生の初期作品『中村工房』(スクウェア・エニックス)では、ご両親が事実上のレギュラーキャラとして登場していますよね。とても個性的なご両親だと思います。

中村工房

中村:『中村工房』でも描かれていますが、父は陶芸家です。母は昔、デザイナーで、今は父のマネジメントをしつつ主婦業をしているという感じですね。あと兄と姉がいます。兄は彫刻家で、姉は油絵家です。姉は結婚していてゲームクリエイターの旦那さんと一緒に会社をやっていますね。

――完全なアート一家ですね。代々、芸術関係の血筋なんですか?

中村:祖父は鉄工所の所長だったので、アート系になるのは父の代からですね。父は、元々デザイナーだったんですけど、若い頃、すごく忙しかった時に、突然いろいろなことがイヤになったらしく、母と兄、姉を連れて神奈川から鹿児島に引っ越して、陶芸を始めたそうなんですよ。そうこうしているうちに仏教に目覚めたという流れらしいです。

――中村先生はそこでお生まれに?

中村:いや、私は静岡生まれです。父が鹿児島からさらに静岡に引っ越して、そこで生まれたんです。ちなみに、私は兄、姉と歳がすごく離れているんですよ。兄と10歳以上離れているので、3人で歩いていると夫婦と子どもに見えちゃうほどで(笑)。

――すごい距離の引っ越しとか、歳の離れた兄妹とか、なんだかいろいろな事情がありそうな感じですね。

中村:そうなんですよ。私も詳しいことを聞いたのは最近なんですけど、けっこうヘンな家庭だったんだなって、いまさらながらに思います。家もすごい山奥で、小学校にも山道を片道1時間くらいかけて通っていたんですよ......本当に大変でした。

――小学生で山道通学ってちょっと尋常じゃないですよね。足腰は鍛えられそうですが......。そんな先生がまんが家になりたいと思ったのは、なぜですか?

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中村:きっかけはちょっと思い出せないんですよ。中学生のころ、友達との交換日記にまんがを描くと喜ばれたりとか、学級新聞に4コマまんがを描かされていたりとか、そういうことを積み重ねているうちに、その気になって......かな?

というか、実は私、まんが家を目指す前は一瞬自衛官になろうと思っていたときもありました。

――自衛官ですか!? それはまたどうして?

中村:中学生のころの私は、なぜか自衛隊がすごく好きだったんですけど、自衛隊が好きすぎて、どうしても自衛隊に入らなくちゃいけないって気になっちゃったんですよね。憧れているだけじゃダメだ、やらなきゃ始まらないだろ! みたいな感じで(笑)。なんか私ってそういう思い詰める性格みたいなんです。

それで、まんが家も最初はなんとなくなりたいなぁ、と思う程度だったのが、絶対にまんが家にならないといけないと思うようになって......やるからには本気でやろう、保険をかけるのも良くないって、高校進学もしないことにしました。

――まさに背水の陣ですね。ちょっとやり過ぎな感じもしますけど、中学生の時点でその覚悟をもてるってのは本当にすごいですよ。でも、高校進学もしないなんて、ご家族には反対されなかったんですか?

中村:いやむしろ、やっちゃえ、やっちゃえ、って感じでしたね(笑)。兄だけが冷静で「おまえ、よく考えろよ」って言われたんですけど、それでも強く制止されたわけじゃなく「考えたならいいけど」みたいな。

――本当に単行本のあとがきなどに描かれているままのご両親なんですね(笑)。

中村:でも、あとで聞いたら「実は本当は怖かった」って言われました。ただ、娘の夢を応援しようって考えて我慢してくれていたそうです。

――そういう家族の支えって本当に大事だと思います。ただ中学生ができることには限界がありますよね? どうやってプロになろうと考えていたんですか? やはり王道として投稿から始めたのでしょうか? それとも同人誌?

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中村:投稿ですね。中学3年生の時、初めてきちんと描き上げた原稿を少年ガンガン(スクウェア・エニックス)のまんが賞に応募しました。同人活動はしてません。というか、住んでいるところが山奥すぎて、そういう仲間が作れなかったんですよ(笑)。

――投稿した作品はどういう内容だったんですか。やはりギャグまんがですか?

中村:シリアスなストーリーまんがですね。当時の私はストーリーまんがが描きたかったんですよ。ところが、3回目の応募のとき、どうしてもまんが賞の応募〆切に間に合いそうになくって、当初予定していた戦場を舞台にした50ページのストーリーまんがを、16ページのギャグまんがに作り直したんです。そうしたら、それが編集者の目にとまったらしく、「次のを持ってきて」って連絡がありました。

――3回目にして早くも夢に一歩近づいたわけですね?

中村:ただ、ギャグまんがで認められたせいで、編集部からギャグまんがを期待されるようになっちゃったのが辛かったですね。本当はストーリーまんがを描きたいのに、仕方なく短編ギャグまんがを描くことになってしまって......。だから『中村工房』が終わったときは、もうギャグはやめたいって思っていたんですよ。

『荒川アンダーザブリッジ』は、そういう状況下で、編集部から「次回作もギャグでおねがいします。ただストーリー要素を入れてもいいよ」という提案があって、ああいう形になったんです。

――なるほど。「まんが家・中村光」は天性のギャグ作家だと思いこんでいたんですが、実は背景にそういう苦悩があったんですね。

中村:もちろん楽しいことや、良かったこともありました。中でも一番うれしかったのは、ファンの方が私のキャラクターを好きになってくれたことですね。私、よく二次元のキャラクターに恋をするタイプなんですけど(笑)、それを自分のキャラにしてもらえるってのはすごくうれしいことでしたね。

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――『荒川アンダーザブリッジ』で一番人気のあるキャラクターは誰ですか?

中村:断然シスターですね。7割くらいはシスターのファンです。実は、デビューするきっかけになったギャグまんがはそのシスターが主役のお話だったんですよ。

中村光プロフィール

中村光(なかむらひかる) 1984年、静岡県生まれ

2001年、月刊ガンガンWINGにて17歳で商業誌デビュー。翌年同誌においてショートギャグ連載『中村工房』をスタート。2004年からは掲載誌をヤングガンガンに移し、荒川土手に住まう不思議な住人たちの奇妙な生活を描く『荒川アンダーザブリッジ』を連載開始。2006年からはキリストとブッダを主人公にした最聖コメディ『聖☆おにいさん』(セイント☆おにいさん)をモーニング増刊『モーニング・ツー』で連載開始。新鋭ギャグまんが家として急激に注目を集めつつある。


「まんがのチカラ」次回予告
モーニング・ツーにて大人気連載中の『聖☆おにいさん』。その冴えたギャグは、ネームの段階では冴え過ぎて一般人の理解を飛び越えてしまうほど! そんな作品がいかにして作られるのか、そしてこれからどうなるのか。次回最終回は、2008年5月26日掲載予定。お見逃しなく!

2008年05月19日