まんが☆天国 TOP > まんがのチカラ >  『柴田ヨクサル先生』 その2

『柴田ヨクサル先生』 その2

『エアマスター』、『ハチワンダイバー』で話題を呼んでいる柴田先生独特の表現手法。それを生み出すきっかけは『谷仮面』連載時のある"気づき"にあった!? 将棋少年だった北海道時代から、『谷仮面』、『エアマスター』を経て人気まんが家へとなっていく経緯をたっぷとお話しくださいました。

<<『柴田ヨクサル先生』 その1

『柴田ヨクサル先生』 その3>>

北海道の将棋少年から人気まんが家への
カレーなる転身

――今回は、先生の“これまで”についてお伺いしたいと思います。まずは、出身地について教えてください。

柴田:北海道の留辺蘂(るべしべ)っていう、田舎の中の田舎みたいな町です。網走刑務所なんかで有名な、網走管内の中の、ホントにちっちゃい町で、今はもう人口一万人もいないんじゃないかな。ちなみに「留辺蘂」という町自体は、北見市に吸収されてしまったんですけどね。

――どんな子どもだったんですか?

柴田:1つのことにのめり込んで、とことん極めようとする子どもでしたね。それで、小学校1年生か2年生のころに、将棋にハマったんですよ。最初はおじいちゃんや父親と指していたんですが、すぐに相手にならなくなって、もっと強い相手を探してデパートなんかでやってる大会に出て、勝って、みたいな感じでしたね。周りでは敵なしの「イヤなガキ」でした(笑)。

shibata0004

将棋が強いガキってイヤな感じなんですよ。大人に向かって「早く指さないの?」とか、そういう態度を取るんですよね(苦笑)。

――でも、それこそプロを目指すとかそういうレベルの強さだったわけですよね?

柴田:そうですね。それで6年生になったとき、プロの先生に声をかけられたんです。で、勝てたら弟子入りっていう対局に、ひどい負け方をしてしまったんですよ。本当に情けない将棋を指してしまって……それで立ち直れなくなってしまったんです。

そして中学校に進学して、スポーツの部活に入って、だんだん将棋から離れてしまいました。

――将棋を諦めた先生が、まんが家を志すようになったきっかけを教えてください。

柴田:もともと絵を描くのが好きだったので、それを仕事にしたいという気持ちがあったんですよ。それが「まんが家」という形になるのは、中学生の時に読んだヤングマガジンの『バタアシ金魚』(望月峯太郎先生)の影響ですね。

すっごく失礼な話なんですけど、これなら自分でもできるって思っちゃったんですよ。いや、今にして思うととんでもない勘違いなんですけど、当時の僕はそう思ってしまったんです(苦笑)。

それで変な自信と希望を持って……。しかも、まんが賞の賞金が30万円とか、当時の自分にしてみたら夢のような大金なわけですよ。

――な、なるほど(笑)。ちなみに、どういったまんがをお描きになっていたんですか?

柴田:ギャグまんがと4コマまんがですね。ストーリーまんがは全然考えてなかったです。頭を使わない主人公が、ケンカで相手をねじ伏せてしまうような、とにかく単純なヤツを描いて、何度かヤングマガジンに応募したんですよ。

それで、高校生の時に描いた3回目の作品で佳作をいただいたんです。当時は、画家になりたいとも考えていたんですが、そこで完全に吹っ切れて、高校卒業後にアシスタントとして上京することにしたんです。

――アシスタントの口はどうやって見つけたんですか?

柴田:ヤングマガジン編集部の方が、当時『代紋 TAKE2』(原作:木内一雅先生)を連載していた渡辺潤先生を紹介してくださったんです。そこで2年お世話になりました。

――あの超長期連載(全62巻)のお手伝いをされていたんですね。具体的にはどのあたりを?

柴田:前半ですね。3巻くらいから参加して、10数巻くらいまでやらせてもらいました。当時はまるっきりの素人だったので、背景を描いたりとか、ご飯の用意とか(笑)、そんなことをやっていました。

その間、ずっとヤングマガジンの担当さんに作品を見せ続けていたんですが、いくら描いてもぜんぜんダメで……。何とかしようと渾身の作品を描いたんですけど、見てすらもらえないようなありさまだったんですよね。

それで、これはダメだと思���て、先輩アシスタントが連載を初めていたツテを頼って、新創刊したばかりのヤングアニマルに持ち込んだです。そうしたら編集長から「この作品を賞に応募して賞金もらうのと、この作品をそのまま連載にするのどっちの道がいい?」って聞かれまして……。

――それはもちろん……

谷仮面

柴田:連載ですよね。そうして生まれたのが『谷仮面』(1992年よりヤングアニマルにて連載開始)なんですよ。

――ということは、『谷仮面』はヤングマガジンで連載されていた可能性もあったんですか?

柴田:本当はヤングマガジン向けに描いた作品ですからね。だから、ちょっとノリがヤングマガジンっぽいでしょう?(笑)。

――意外なエピソードですね。しかし、いきなり連載というのは大変だったんじゃないですか?

柴田:隔週で8ページの細い連載だったんで、むしろ生活の方が大変でした。始めた当時はその収入だけじゃ食べていけなくて、居酒屋でバイトしながら描いていたんですよ。

バイト先でまかないのカレーをタッパに詰めて持って帰って、それを食べて、原稿描いて、またバイトに行って……その繰り返しでしたね。帰りの電車の中で「なんかカレーくさくない?」って言われていたのを時々思い出します(笑)。

――そんな苦労の中で生まれた『谷仮面』。読者の反応はどうでしたか?

柴田:読者からは全然反応なかったですね。担当さんからも「気持ち悪いものを見た」とか言われるありさまで(苦笑)。

――確かに、主人公が仮面をかぶっている時点で、ちょっと不思議な作品でしたよね。

柴田:そうなんですよ。ただ、当時の僕はちょっとおかしくて、人に受け入れられなくてもいいじゃん、むしろそれがかっこいいとかいう勘違いをしていたんですよ。でも途中で勘違いに気がついて、人に読んでもらえるように変えていったんです。

――それはまたどうして?

柴田:当時読んだ、ほかのまんが家さんのインタビューに「自分だけが分かればいい」的な発言をする人がたくさんいたんですけど、その人たちの末路がけっこう悲惨だったんですよ。すぐに飽きられて消えていっちゃうんですよね。

shibata0005

そういうのを見ていて、いろいろ考えて、やっぱり商業雑誌でやる以上、読者に分かってもらわないとダメなんだなって思い始めたんです。

――でも、どうすれば良いのか、すぐには分かりませんよね?

柴田:まず考えたのは読みやすさですね。雑誌をパッと開いたとき、文字が多すぎると読む気がなくなるじゃないですか? なので、字をどんどん少なくしていこうとか、いろいろ考えました。今、ヤングジャンプで連載している『ハチワンダイバー』は、その蓄積の結晶ですね。今、僕が持っている技術を全部盛り込んでいます。「将棋」という、多くの読者にとって意味不明なものを、セリフの勢いと読みやすさで押し切ってしまおう、というふうに描いているんですよ。

――なるほど。まんがファンの間で話題になっている『ハチワンダイバー』の独特の表現手法は、『谷仮面』時代に、すでに築き始めていたものなんですね。

柴田:『谷仮面』の1~2巻あたりは本当にダメなんですけどね。自分勝手に調子こいて描いてますから。いやぁ、自分としてはもう二度と見たくない(苦笑)。

――『谷仮面』終了後、同じくヤングアニマルで『エアマスター』(1997年~)がスタートします。『谷仮面』は前半ギャグまんがだったのが、後半で格闘まんがになっていきますが、『エアマスター』は最初から格闘まんがですよね。これは、やはり格闘技を描きたいという気持ちが強くなってきたということでしょうか?

エアマスター

柴田:そうですね。僕は高校のときにアマチュアレスリングをやっていたんですよ。だから格闘技はわりと好きで、ずっと描きたい気持ちはありました。『エアマスター』は、その気持ちや知識の蓄積を全部出してしまおうという気持ちで描き始めたんです。『谷仮面』は力押しのケンカまんがだったので、もう少し理論的な格闘まんがを描こうと。

――こちらは10年間、全28巻という長期連載になりました。

柴田:長かったですよね。ただ、今にして思うと、まだ描けることがあるように思います。もう一度『エアマスター』を描いてみたい、そんな気持ちがどこかにあります。

――『新訳エアマスター』的な?

柴田:自分の過去作品を、ひたすらトレースするというのも、ちょっと面白そうですよね。

柴田ヨクサルプロフィール

柴田ヨクサル(しばたよくさる) 1972年、北海道生まれ

1992年、ヤングアニマルにて『谷仮面』でデビュー。学園ギャグまんがの主人公がなぜか仮面をかぶっているという独特の設定が話題となった。その後同誌で格闘まんが『エアマスター』を約10年にわたり長期連載し、テレビアニメ化もされた。現在は活動の場ををヤングジャンプにうつし、将棋まんが『ハチワンダイバー』を連載中。魅力的なキャラクターやスピード感のあるテンポの良い展開が、将棋を知らない層からも支持を集めている。


「まんがのチカラ」次回予告
ヤングアニマルでの『エアマスター』の連載終了後、『ハチワンダイバー』をヤングジャンプで連載開始し、多くのファンを驚かせた柴田先生。そんな先生は、週刊少年ジャンプで連載していたキン肉マンの世代だそう。先生にとって週刊連載とは何なのか、そして『ハチワンダイバー』はどのようにして誕生したのかを教えていただいた次回は、2008年7月28日掲載予定。お見逃しなく!

2008年07月22日