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第26回 『佐々木倫子の「バカ枠」は素敵だ!』

木村カナさん(文筆業)

 こんにちは、木村カナです。

 佐々木倫子の最新単行本『チャンネルはそのまま!』(小学館)が、ついに発売されましたね!
 『動物のお医者さん』(白泉社)ではH大学獣医学部、『おたんこナース』(小林光恵原案・取材/小学館)では東京K病院の看護師、『Heaven?』(小学館)ではフレンチレストラン「ロワン ディシー」と、さまざまなジャンルの仕事の現場を、コミカルかつ丁寧に、味わい深く描いてきた佐々木倫子。この最新作で取り上げられているのは、地方テレビ局のお仕事です。

チャンネルはそのまま!
『ビッグコミックスピリッツ』にて連載中
●佐々木倫子著
●小学館 既刊1巻
●定価 980円(税込)

 『チャンネルはそのまま!』の舞台は、佐々木倫子のホームタウンである北海道札幌市。ローカルテレビ局「北海道☆(ホシ)テレビ」(HHTV)の新人記者、雪丸花子(ゆきまるはなこ)、22歳。HHTVの採用会議で「バカ枠」として採用が決まった彼女は、正真正銘のバカ......いやいやいや、本物のド天然! 天然であるがゆえに、バカとしての自覚が本人にはゼロ。就職試験でも常識外れのゴーイングマイウェイを貫いて、女子初の「バカ枠」を見事にゲットした雪丸、入社当日にさっそく生中継デビューを果たし、その衝撃映像でまさかの高視聴率を獲得!!  そんな雪丸と同期入社、しかも、同じ報道部への配属になってしまったのが山根一(やまねはじめ)。一次の筆記試験以来、雪丸の奇行を見守り続けてきた彼は、雪丸の面倒を見る「バカ係(別名:プチプチ)」のポジションに、不本意ながらもこのまま定着してしまうのか......!?
 バカならではのありえない大失敗を真顔で次々と連発する雪丸。そのたびに上司から叱られ、大先輩のカメラマン(通称:巨匠)に迷惑をかけ、隣の席の山根は呆れ顔でため息をつく......しかし、いつの日にかきっと、「バカ枠」ならではの彼女の底力が、会社の危機を救う......のかも?

 佐々木倫子の作品には、雪丸花子のように、なんとなく間が抜けているというか、頭のどこかのネジが1本外れているかのような、ユニークなキャラクターが数多く描かれています。個性豊かな人々が、しばしば動物たちを交えつつ、おっとりとのんきに織り成すエピソード。そこににじみ出ている独特のユーモア感覚こそが、佐々木倫子のまんがの持ち味であり、最大の魅力! いつ読んでも、何度読み返しても、しみじみと面白くて楽しい、そんな佐々木倫子の極上コメディを、今回はご紹介します。

『ペパミント・スパイ』(佐々木倫子/白泉社、1982~88年)

ペパミント・スパイ
花とゆめコミックス
●佐々木倫子著
●白泉社 全2巻
●定価 各410円(税込)

 たぶんヨーロッパのどこか? とある外国の政府の、情報部直属の秘密のスパイ養成学校が舞台......と思いきや、細部はけっこう日本、というか、かなり北海道!? そんな不思議に無国籍なスパイコメディが『ペパミント・スパイ』です。

 かねてからスパイという職業に憧れを抱いていた主人公は、秘密部隊隊員の臨時採用に強引に応募。本人の情熱はさておき、誰の目から見てもスパイには絶対に不向きな彼なのですが、採用試験にはなぜか合格、全寮制のスパイ養成学校に編入学します。入学時、早くも本名を守秘して、暗号名(コードネーム)を使用せよ、との指示を受けた主人公が、自分のコードネームとして即答したのは......なんと、「ジェームズ・ボンド」! それではあまりにもあんまりだ、ということで、校長は彼に「ドナルド」というコードネームを与えます。
 『ペパミント・スパイ』��発表された1980年代は、まだ冷戦の真っ只中。緊迫した世界情勢下で、政府の諜報機関がスパイを公募する、という設定自体が、そもそも笑い話でした。その上、スパイ候補生が、かの「007」シリーズのスーパーヒーローのコードネームを自ら名乗りたがるって......そりゃあもう、バカ以外の何者でもありません。 そう、ドナルドは雪丸花子並み、いや、それ以上の、「バカ枠」ど真ん中のド天然キャラ! ドナルドのマイペースかつエキセントリックな言動に、沈着冷静を旨とするはずのスパイ養成学校の人々もすっかり振り回されっぱなし。しかも、紛うことなき問題児であるドナルド本人の方は、自分はスカウトを受けた非常に優秀なスパイ候補生なのである!と、どうしてだかすっかり思い込んでいて自信満々なのですから、始末に負えません......。

 『チャンネルはそのまま!』における山根くんのごとく、「バカ枠」ドナルドの世話をする「バカ係」を担当するはめに陥ってしまったのが、いつでもクールで理性的な、サングラスの「委員長」氏。とびきり有能なスパイ候補生として、将来を嘱望されていたはずの彼も、ドナルドと出会ってしまったのが運の尽き? スパイに必要とされる能力の中で、運の強さだけが、委員長には足りなかった、みたいです......。ドナルドのバカの直撃を受けるのも委員長なら、ドナルドの暴走をさりげなくフォローするのも委員長、さらには、校長がこぼすグチを聞いてあげるのも委員長の役目。委員長は、有能で優秀、そして実に優しく健気なナイスガイなのでした!

 約20年前の作品である『ペパミント・スパイ』ですが、プロットは巧みで秀逸、ドナルド、委員長、校長のかけあいは絶妙、今読んでも十分に面白く、古さをほとんど感じさせません。雑誌には掲載されたにもかかわらず、単行本未収録になっているという2編を含めて、文庫化などされないかしら......もしもそうやって再刊されたならば、わたしは絶対に買うんだけどなあー!

『動物のお医者さん』(佐々木倫子/白泉社、1987~93年)

動物のお医者さん
花とゆめコミックス
●佐々木倫子著
●白泉社 全12巻
●定価 各410円(税込)
●文庫版全8巻 各570円(税込)

 佐々木倫子といえば『動物のお医者さん』!
 現在でも、シベリアンハスキーを見かけると、思わず「チョビ!」と呼びかけたくなりませんか?
 1990年代、その人気から、シベリアンハスキーブームや北海道大学獣医学部の志願者の急増といった社会現象すらも引き起こしたほどの記録的なヒット作であり、歴史に残る名作まんがとして、これからもずっと、末長く読み継がれていくことでしょう。

 『チャンネルはそのまま!』の雪丸と山根、『ペパミント・スパイ』のドナルドと委員長のような、「バカ枠」キャラと「バカ係」キャラの関係。『動物のお医者さん』においては、漆原(うるしはら)教授と菅原教授がまさにそうした間柄として描かれています。また、第1巻で、主人公である西根公輝(にしねまさき)ことハムテルは、学校帰りに偶然出会った漆原教授によって、コワイ顔の仔犬(のちのチョビ)をいきなり押しつけられたことがきっかけとなり、その後、獣医師への道へと進んでいくことになります。
 あくまでも脇役でありながら、圧倒的な存在感を放ち、物語全体のキーマンともなっている漆原教授。彼こそは、佐々木倫子作品における、最大にして最高・最強の「バカ枠」なのではないでしょうか? その熱狂的なアフリカ好きも含めた奇行の数々(ちなみに、アフリカンアートが大好き!という、漆原教授のキャラクター設定に関しては、そのモデルとなった北大の先生が実際におられるのだそうで、それにはそれでビックリ......!)、そして、彼が引き起こした数多のトラブル。彼がもたらす被害をいつもこうむることになっているハムテルたちから「破壊の神様みたいな人」とまで形容される漆原教授。しかし、いざというときに、もっとも頼りになるのも漆原教授。平常時ではなく非常時においてこそ、彼の実力は発揮されるのである!
 わたしがいちばん好きな漆原教授のエピソードは第68回の大ジャンプ。学生への迷惑もかえりみず、校舎上の私設リンクでスピードスケートをさんざん楽しんだあげく、大音声の名乗りをあげ、2階から地上のかまくらに向かってダイブ! そんなメチャクチャな......でも、なんてカッコイイ!! 全119回の中でも、野生児・漆原の強烈な「バカ枠」ぶりがいちばん輝いている1コマは、この大ジャンプの瞬間ではないでしょうか......。

 佐々木倫子のまんがでは、恋愛がほとんど描かれません。不仲というのは存在するのですが、そこに悪感情が入りこむこともありません。そこは、人間関係がベタベタドロドロとこじれることのない、不思議にドライで、やけに穏やかな世界です。だからこそ、雪丸やドナルド、漆原教授といった素敵な「バカ枠」の人々が、もっとも輝けるのかもしれません。愉快な「バカ枠」が、周囲に疎まれることなく、のびのびと活躍する世界。現実も全部、そんな風だったら、毎日がきっともっと楽しいのに!

 それでは、また次回!

2009年02月24日