まんが☆天国 TOP > まんてんセレクション >  第5回 『まんがで読む小説、小説を読むまんが』

まんてんセレクション

第5回 『まんがで読む小説、小説を読むまんが』

木村カナさん(文筆業)

 こんにちは、木村カナです。

 集英社文庫の太宰治『人間失格』の表紙が小畑健のイラストに変わった途端に売り上げが急増した!というニュース(asahi.com)がありました。『DEATH NOTE』(大場つぐみ・小畑 健/集英社刊)の雰囲気があまりにも濃厚なこの表紙イラスト。『人間失格』という本の題名も『DEATH NOTE』を思い起こさせます。でも、中身は......ジャケ買いしたデスノファンの感想が、個人的に気になって仕方がありません!

 太宰治の『人間失格』みたいに、難しそうで避けて通りたくなる名作文学でも、まんがが入口ならば、気軽に手に取れるのではありませんか?
 例えば古典だったら、紫式部の『源氏物語』を読む前に、大和和紀のまんが『あさきゆめみし』(講談社)を読んでみる。教科書で読んだ原文の一部だけでは、とっても遠かった『源氏物語』の世界が、『あさきゆめみし』を通じてならば、ぐっと身近に感じられることでしょう!
 同様に、教科書に載っていて授業で習ったはずなのに、さらに平安時代の『源氏物語』よりもはるかに読みやすい文章なのに、どうにもわけがわからなかった作品といえば......わたしの場合は、夏目漱石の『こころ』でした。

『こころ』(榎本ナリコ/小学館)

こころ
『ビッグコミックスペリオール』にて掲載(連載終了)。
●榎本ナリコ・著
●小学館 全1巻
●定価 980円(税込)

 榎本ナリコの『こころ』は、原作である夏目漱石の『こころ』の舞台を現代に移し、時代設定以外の部分は、原文にかなり忠実に描いたまんがです。
 主人公である大学生の男の子はある日、通りすがりにひとりの不思議な男性に出会います。それ以来、気になってしょうがないその人にとうとう声をかけ、親しくなった主人公は、いつしか、彼を「先生」と呼ぶようになっていました。主人公に対して謎めいた言葉をいつも投げかけてくる先生。先生にもっと近付きたい、先生が隠している人生の秘密を知りたい、主人公は次第にそう思い詰めるようになります。
 父の危篤の報せを受けて、故郷に帰省していた主人公の元に、突然、先生からの手紙が届きます。それは、先生が自分自身の過去について告白した手記であり、そして、先生の遺書でもありました。

 わたしが高校の教科書で読んだのは、先生の手紙の文中から、友人Kの自殺の前後だけを抜粋した部分でした。教科書には、『こころ』全体のあらすじと解説も載っていたものの、その一部分を読んだだけでは『こころ』がどういう小説なのか、さっぱりわからないし、それ以上読みたくもならないよ、というのが、正直な気持ちでした。数年後、自分でようやく全編を読んだ時には、ああ、こういうお話だったんだって、なんだかちょっとびっくりしたことを思い出します。

 漱石の『こころ』は、近代文学の最高傑作としてしばしば挙げられる小説ですが、実際に読んでみると、確かにどうしようもなく引き込まれる迫力を感じる一方で、不可解な部分が非常に多い作品でもあります。
 -なぜ、主人公は先生にそんなにも執着するのか?
 -なぜ、若き日の先生は友人のKの自殺から受けた衝撃にこだわり続けたのか?

 榎本ナリコは、小説『こころ』のエピソードを用いながら、行間から解釈した登場人物の心中を、表情や仕草で表現することによって、自作の中に巧みに描きこんでいます。しかも、まんがならではの表現、独自の解釈を加味し過ぎるということもなく(もしかすると作者が同人誌で活動する際に使用しているペンネーム「野火ノビタ」の名義であればもっと自由に描けたのかもしれませんが)、舞台は現代に移しながらも、漱石の言葉にあくまでも寄り添って、登場人物の感情の動きを描いています。
 榎本版『こころ』を読むうちに、不可解で奇妙にすらも思えた原作の登場人物たちが抱く、切迫した痛々しい気持ちが伝わってきて、漱石が描きたかった物語世界が少し理解できたような気がしました。

 それにしても、榎本ナリコのどこかはかなげな画風が、漱石の『こころ』の抑制された語り、死に近しい危うい雰囲気に、こんなにもしっくりと馴染むなんて......!
 教科書的な引用やダイジェストよりも、いっそのこと、この榎本ナリコ版『こころ』を読んだ方が、漱石の『こころ』に近付けます。それぐらいに見事な、小説のまんが化だと思います!

『黄色い本』(高野文子/講談社)

黄色い本
『アフタヌーン』などに掲載された4つの短編を収録。
●高野文子・著
●講談社 全1巻
●定価  840円(税込)

 小説自体をまんが化するのではなく、小説を読むという体験そのものをまんが化する。そういう稀有な表現をやってのけているのが、本書の表題作である『黄色い本 ジャック・チボーという名の友人』です。

 主人公は、読書好きの女子高校生・田家実地子。
 卒業と就職を間近に控えた彼女は、学校の図書室で借りた『チボー家の人々』というフランスの長篇小説を夢中になって読み進めています。
 本を読んでいる間、彼女は、非日常としての小説の世界に、すっかり入り込んでいます。登場人物たちの姿がまるで映画のように思い浮かぶ。画面が目に見えるだけではなく、彼らは次第に実体化して、実地子の空想の中で生き生きと動き出します。彼らの声に耳を傾け、彼らに話しかけ、会話すらも交わす彼女。けれども、本を閉じれば、また彼女自身の日常生活が続いていく......。

 小説ばかりではなく、まんがを読むときでも、実地子が体験しているような感覚になっていることって、ありますよね! 読むことに集中しているとまわりの音や声が全然聞こえなくなっていたり、架空の人物がまるで実在するように感じられたり......。現実の生活で触れ合っている人々よりも、非現実の登場人物の方が自分に近い存在のように思えて、親近感が湧いたり、好きになれたり......。
 現実の中で非現実に思いっきり「ハマっている」、熱狂的なあの感じを、こんな風に素晴らしく、的確にかつ美しく描いた傑作を、小説でもまんがでも、わたしはこの『黄色い本』以外に知りません。

『今日の早川さん』(coco/早川書房)

今日の早川さん
coco's bloblogにて連載中。
●coco・著
●早川書房 既刊1巻
●定価  1,050円(税込)

 さて、実地子のように、子どもの頃から読書好きだった女の子が、そのまま本を読み続けて20代、30代になったら、一体、どうなるか? ......を面白おかしく描いた四コマ作品が、『今日の早川さん』です。
 SFオタクの早川さん、ホラーマニアの帆掛さん、純文学読みの岩波さん、ライトノベルファンの富士見さん、みんな本を読むのが大好きな女の子たちです! このキャラの設定と名前を見て、本屋の文庫売り場を思い浮かべながら、ニヤリと笑ったそこのあなた、ハイ、いわゆる読書好きですね! 『今日の早川さん』をきっと楽しんで読めます! 所々、ちょっと身につまされるかもしれませんが......とにかくオススメです!!!

 それでは、また次回!

2007年12月03日