まんが☆天国 TOP > まんてんセレクション >  第11回 『まんがのコマ×将棋の駒』

まんてんセレクション

第11回 『まんがのコマ×将棋の駒』

木村カナさん(文筆業)

 こんにちは、木村カナです。

 将棋の駒の動かし方もわからないわたしですが、将棋を取り上げたまんがを、今回はご紹介していきたいと思います。

 以前、テレビで、天才棋士・村山聖(さとし)の生涯を紹介するドキュメンタリーを見たことがあります。幼い頃からの病と戦いながら、1998年に29歳の若さで亡くなるまで、将棋を指し続けた村山聖。彼は無類のまんが好き、特に少女まんがを愛読していたのだそうです。その番組の中でチラリと映った村山聖の本棚には、確かに、大量の少女まんがの単行本の背表紙が並んでいました。ひと目見ただけでそうとわかったのは......わたしの本棚もほとんど同じような状態だからです。

月下の棋士
『ビッグコミックスピリッツ』にて掲載(連載終了)
●能條純一・著
●小学館 全32巻
●定価 509~530円(税込)
文庫版も発売中。全20巻、各610円(税込)

 能條純一『月下の棋士』(小学館)には、その村山聖をモデルにした村森聖という棋士が登場しています。『月下の棋士』は、高知で祖父から将棋を教え込まれ、祖父の遺志を継ぐべく上京した氷室将介が、将棋界に風雲を巻き起こす物語。いかにも能條作品らしい、異様な迫力が一貫して漲った作品です。『ビッグコミックスピリッツ』誌上での連載では、毎号、末尾に「次号、詰むや詰まざるや...」という決まり文句を含んだアオリが入っていました。印象的なその一文を、つい最近、久々に目にして、ちょっとびっくり! それを見つけたのは、やはり将棋を題材にした、羽海野チカ『3月のライオン』の単行本の中。しかも、そのコマの前後には、やはり村山聖をモデルにしているというキャラである二海堂晴信が、そこでだけ能條純一風の絵柄に変換されて、描かれているのです......!

『3月のライオン』(羽海野チカ/白泉社)

3月のライオン
『ヤングアニマル』にて連載中
●羽海野チカ・著
●白泉社 既刊1巻
●定価 490円(税込)

 『ハチミツとクローバー』の羽海野チカが青年誌で連載を開始。しかもテーマは将棋! その意外性もあって、連載開始当初から大いに話題を呼んでいる作品です。主人公は17歳の高校生でプロ棋士でもある桐山零(れい)です。彼は、子どもの頃に交通事故によって両親と妹を失った後、父の友人であったプロ棋士・幸田の家に内弟子として引き取られて育ちましたが、現在は、東京下町の「三月町」のマンションで一人暮らしをしています。

 天涯孤独。
 この基本設定は、『アフタヌーン』で連載中でアニメ化もされている将棋まんが『しおんの王』(かとりまさる・安藤慈朗/講談社)に通じるものがあります。
 『しおんの王』のヒロインである安岡紫音(しおん)は、幼い頃に目の前で両親を惨殺され、その記憶がトラウマとなって、声を失ってしまっています。しかし事件後は、隣人であったプロ棋士・安岡の養女となり、安岡から将棋を教えられながら、養父母の愛情に包まれて幸福に育ちました。『しおんの王』は、女流棋士としての紫音の成長を描くと同時に、将棋との繋がりがあると思しき紫音の両親殺害事件の真相を追うサスペンスにもなっています。
 つまり、『しおんの王』では、主人公が天涯孤独の若き棋士であるという設定は、将棋+サスペンスというストーリーを成立させるためのものです。(ちなみに、原作者の「かとりまさる」とは、元女流棋士である林葉直子のペンネームだそうです。)

 では、『3月のライオン』の桐山零が、天涯孤独であるのはなぜでしょうか? 
 第1話の冒頭で零が見ていた悪夢、
 「ゼロだって 変な名前ぇ/でも、ぴったりよね アナタに(中略)ほら、アナタの居場所なんて/この世の何処にも無いじゃない?」
 それはたぶん、幸田家の長女・香子がかつて彼に向かって投げつけた暴言なのでしょう。彼は、誰よりも将棋の才能に恵まれながらも、家族も友達もいません。早熟なプロ棋士として自活できるようになってしまったからこそ、彼はますます孤独になり、自分自身の居場所を、心から安らげる温もりを、完全に見失ってしまっています。
 けれども、そんな彼が偶然に出会った近所に住む三姉妹。彼女たちにも両親はいないのですが、長女でしっかり者のあかり、次女で中学生のヒナ、末っ子で保育園児のモモの3人で、明るく健気に暮らしています。いかにも下町らしい、古い日本家屋のお茶の間で、彼女たちの笑顔に囲まれながら過ごす時間を通じて、頑なになっている零の心も、これから少しずつ、ほぐれていくのでしょうか......?

『ハチワンダイバー』(柴田ヨクサル/集英社)

ハチワンダイバー
『週刊ヤングジャンプ』にて連載中
●柴田ヨクサル・著
●集英社 既刊6巻
●定価 530円(税込)

 『ハチワンダイバー』第5巻の帯には、「羽海野チカ先生も大絶賛!!」という、応援コメントが入っています。そしてその帯にはさらに、「イナズマみたいなネーム力!!」(by羽海野先生)とのコメントも......この心の叫び、実にこの作品の魅力を言い得て妙!
 前作の『エアマスター』(白泉社)の中盤からそうなのですが、柴田ヨクサル作品のネームの鮮烈さはただ事ではないのです。たぎるような熱いセリフの応酬、目線だけでも何かを語っているキャラの表情、それらを大きなコマに描きこむことで構成されているネームは、とにかく、テンションが高い! 読者の脳髄へと斬りこんで焼き焦がすような熱気と強度があります。
 羽海野チカによる『3月のライオン』の魅力は、『ハチワンダイバー』のそうした特徴とは正反対と言ってもいい、少女まんがの系譜に連なる、余情を残す繊細なコマ割りとモノローグにあります。
 これまで言及してきた将棋まんがと『ハチワンダイバー』の最も大きな違いは、日本将棋連盟がプロ棋士の養成・選抜を行っている「奨励会」を中心とする将棋界ではなく、「真剣師」と呼ばれる賭け将棋の世界、将棋界のアンダーグラウンドを舞台としていることでしょう。

 『ハチワンダイバー』の主人公である菅田健太郎は、かつては師匠に付き、奨励会に所属して、プロ棋士を目指していた青年です。プロ棋士になることに失敗した後も、将棋からは離れられず、真剣師の真似事をして、生活していました。しかし、「アキバの受け師」という異名を持つ、謎めいた女真剣師との出会いによって、彼の煮え切らなかった将棋人生が激変していきます。
 この「アキバの受け師」というキャラの強烈さに惑わされてはいけない! 何しろ将棋がメチャクチャに強い巨乳のメガネ美人で、さらに、なぜか出張メイドさんを兼業している、という設定ですからねえ......菅田じゃなくてもドキドキしちゃいますよう!
 しかし、情け容赦なく菅田を命がけの真剣師の戦場へと導いていったのは、ほかならぬその彼女なのでした。ヤクザに取り囲まれた勝負の場で負けの予感、絶体絶命に追い込まれた菅田が掴んだのは......81マスの将棋盤に潜るという感覚、すなわち「ダイブ」!
 将棋のみならず、あらゆる局面に通じるであろう、極限まで研ぎ澄まされた集中力。その能力が菅田の最大の武器として開花したのです。そして、初めての「ダイブ」の直後、菅田が名乗った通り名、それが「ハチワンダイバー」!
 「伝説がはじまった」。そして、その奇妙な熱を帯びた伝説は、今週も更新され続けています......。見逃したらモッタイナイ!!!

 『3月のライオン』も『ハチワンダイバー』も、将棋そのものとそれに人生を賭ける棋士たちの姿を描いています。そして、そこに描かれているのは、将棋だけではありません。零の孤独感にせよ、ハチワンこと菅田の挫折感にせよ、それぞれの物語の主人公が抱えている苦悩は、将棋を知らない読者の心をも射抜くものだと思います。
 実際、彼らの悩める姿は、他人事ではない問題として、わたしの心にも響きました。そして、まんがのコマの只中で、彼らがその生を削り焦がしている将棋に対しても、断然、興味が湧いてきたのです。せめて駒の種類とその動かし方だけでも覚えたい、いつかは将棋をちゃんと指せるようになりたい、そんなことをひそかに考えている今日この頃です......。

 それでは、また次回!

2008年04月01日