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第19回 『真夏の夜に山岸凉子を』

木村カナさん(文筆業)

 こんにちは、木村カナです。

 毎年、夏になると、怖い話が読みたい気分になりませんか? 寝苦しい熱帯夜に、涼を求めてホラーでオカルトなまんがを読んだら、あまりの怖さに背筋が凍って、逆にいつまでも眠れなくなってしまう、そんな暑気払いもまた一興......!?

 妖怪がとにかく大人気の昨今ですが、恐怖まんがと言うと、わたしは妖怪よりも幽霊が登場するまんがを思い浮かべます。と言うよりも、子どもの頃ならともかく、今となっては、妖怪はもはやそんなに怖くないかも......『ゲゲゲの鬼太郎』のアニメシリーズなどの影響で、人間びいきで正義派、外見もかわいらしくデフォルメされている妖怪キャラクターたちのイメージが、すっかり定着しているせいもあるのかもしれません。
 そんな妖怪に対して、幽霊というのは、今でもやっぱり恐怖の対象です。死んだ人間の生前の思念だけが理不尽に残っていて、生きている人間にいつまでも影響を及ぼす、そうした幽霊の存在感が生々しくて、恐ろしいと感じるのです。わたし自身にはいわゆる霊感というものはないのですが、幽霊の存在はなんとなく信じられるような気がします。
 幽霊の体験談は、心温まるエピソードもありますが、たいていは恐怖体験として語られます。見えないはずの人影が見えたとか、聞こえないはずの声が聞こえたとか、不可解な現象が起こること、それ自体がまず怖いのですが、そうした怪現象が、死者からの一方的なアプローチとして解釈されるからこそ、恐怖になるのではないでしょうか。つまり、誰かの異常に強いマイナスの感情が、無関係であるはずの人物にも不条理に襲いかかってくることに対する恐怖感が、心霊現象の怖さの根幹にあるように思えるのです。そう考えてみると、怖いのは幽霊ではなくて、そうした現象から読み取られる悪意のようなモノが恐ろしいのでは......? 
 もしかすると、この世でいちばん恐ろしいモノとは、幽霊という存在を通じて表現されている、人間の心の中にある悪意そのものなのかもしれない、わたしにはそんな風に思えます。
 人間のそうした悪意の恐ろしさを描かせたら天下一品のまんが家、と言えば、何といっても山岸凉子です! 「(花の)24年組」と呼ばれる少女まんがの大作家のひとりであり、まもなくデビュー40周年を迎える現在も、『ダ・ヴィンチ』でバレエ漫画『舞姫 テレプシコーラ』第二部を連載中、第一線で活躍を続けています。

日出処の天子
『LaLa』にて掲載(連載終了)
●山岸凉子・著
●白泉社 文庫版全7巻
●定価 590円(税込)

 わたしがはじめて読んだ山岸凉子作品は、代表作として名高い歴史ロマン『日出処の天子』でした。『LaLa』での連載をリアルタイムでチェックしていたその当時、わたしはまだ小学生。厩戸王子(うまやどのおうじ、後の聖徳太子)が妖しくも美しい超能力者で、蘇我毛人(そがのえみし)との禁断の恋に苦悩する、という荒唐無稽かつ衝撃的な物語です。そのストーリーの濃密さ、さらに、凄まじいまでのテンションの高さは、まさに傑作と呼ばれるにふさわしく、子どもだったわたしの心にも強烈な印象を残しました。

 『日出処の天子』における厩戸王子は、恐るべき魔性を秘めた人物としても描かれており、朝廷の政争の陰で血みどろの暗躍を自ら行ったりもするのです。その魔性の超能力が発揮されるシーンの描写は完全にホラー。死体から流れる血を見つめて愉快そうに微笑む、そんな瞬間の厩戸王子のまがまがしい表情、特に目がものすごーく怖い......!
 そうした悪意に満ちた人間の表情が、非常に恐ろしく、効果的に描かれている山岸凉子作品、その中でも特に怖さ抜群、ガクブル間違いなし!の恐ろしい二作品を、今回は取り上げたいと思います。どちらも、一度読んだら絶対に忘れられない怖いまんがとして、まんが好きの間でよく知られた作品であり、わたしも今回、この二作品を久々に読み返したら、本気で鳥肌が立ちました......!

「汐の声」
『わたしの人形は良い人形(自選作品集)』(山岸凉子/文藝春秋)収録

わたしの人形は良い人形(自選作品集)
●『わたしの人形は良い人形(自選作品集)』
●山岸凉子・著
●文藝春秋 全1巻
●定価 650円(税込)

 山の中の幽霊屋敷にやってきたテレビの心霊番組の撮影チーム。番組スタッフに同行した3人の霊能者のひとりで、霊感少女としてテレビで活躍しているサワは、実は自分自身の霊能力にまったく自信がありませんでした。
 ところが、その屋敷の中では、サワにおかしな出来事が続々と襲いかかります。しかし、サワ以外の人々はまったく何も感じておらず、動揺している彼女をみんなが冷たくあしらいます。サワ自身も、彼女だけが感じている異変は、あくまでも自分の気のせいなのだと必死に思い込もうとするのですが、怪奇現象は次第にひどくなり、サワの精神を追い詰めていきます。そして、恐怖が限界に達したサワが、ついに目の当たりにしてしまった、幽霊屋敷の真実とは......!?
 サワだけが発見する、予兆のようなちょっとした怪異の連続、そのディティールのひとつひとつが、実に不気味なので、まずはそれでヒヤッと怖くなります。そして、怪奇現象が次第に具体的にサワの目に見えるようになっていき、待っているのは最悪のクライマックス。そうやって恐怖がじわじわとピークに達していく感覚が、たまらなく怖い! さらに結末にいたっては、もう、ゾーッと全身が総毛立つ恐ろしさです! だってあの顔が! あの顔は怖すぎる......!

「負の暗示」
『神かくし』(山岸凉子/秋田書店)収録

神かくし
●『神かくし』
●山岸凉子・著
●秋田書店 全1巻
●定価 630円(税込)

 日本の犯罪史上における最悪の大量殺傷事件として有名な「津山事件」をモデルにした作品です。わたしは、この「負の暗示」以外にも、同事件を題材にした小説やノンフィクションを読んだことがありますが、そうして本で読んだときに得た感覚と、このまんがで読んだときに得た感覚との間には、かなりの違いがありました。実際に起こった同じ事件を扱っているので、内容的には一部重複しているのですが、山岸凉子のこのまんがの絵があまりにも強烈なので、文字情報よりもはるかにダイレクトに、この事件の凄惨さや異常性が伝わってきて、それがもう怖くて怖くて......!
 この作品では、大量殺傷事件を起こした犯人・土井春雄を主人公に、彼の生い立ちから犯行に至るまでの心の動きと、事件そのものの経過が、作者によるクールな分析と考察を加えながら描かれています。冒頭ではかわいらしい外見の少年として登場した主人公が、成長してからはすさんだ顔だちの暗い青年となり、犯行シーンでは、目全体が塗りつぶされた異様な相貌になっている、その落差がなんとも痛々しくて恐ろしい。さらに、この凶行の心理的な原因として、結末で作者が示唆しているのが、現実逃避を重ねることによって問題が解決不能になってしまうという、精神的な「負のサイクル」。それを、主人公の春雄ひとりの異常性ではなく、「我々」もまた囚われる可能性のある心理として、問題提起しているのがこの作品なのです。
 人間の心の中にある、闇ともあるいは魔とも表現される暗い悪意は、一部の犯罪者だけの問題ではない、この作品はそうした背筋が寒くなる結論を読者に差し出しています。その怖さというのは、胸が悪くなるような、吐き気がしてくるような、どうしようもなく嫌な気分になる、そういう怖さではないでしょうか......寝る前に読むと眠るのが怖くなって眠れなくなるので要注意!

 それでは、また次回!

2008年08月04日