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第22回 『受け継がれる"こころ"』

木村カナさん(文筆業)

 こんにちは、木村カナです。

 前回(第21回)ご紹介した上條淳士の『SEX』の5巻と7巻には、豪華ゲスト陣によるトリビュートイラスト集「another SEX」が収録されています。

 そこに掲載されているイラストは、いずれも『SEX』という作品に対するオマージュであると同時に、ゲスト作家それぞれの個性が凝縮されていて、本編から遊離した独自の世界観が感じられます。
 『お陽様なんか出なくてもかまわない』などバタ臭い作風の多田由美が描いたユキとナツは、沖縄のスコールではなく、ニューヨークの冷たい雨に打たれて震えているかのようで、やけにはかなげだし、『多重人格探偵サイコ』の田島昭宇によるユキは、無機的で危うい顔つきで、左目の眼球にバーコードが隠されていそう......。第14回でご紹介した『とめはねっ! 鈴里高校書道部』の河合克敏は、師弟関係を前提にした楽屋落ち的な、愉快な四コマまんがを提供しています。
 さて、今回は、「another SEX」に参加しているゲストの中から、上條淳士の系統に連なるハイセンスな絵柄で、魅力的な外見と精神を持ったキャラクターたちをいきいきと描き出している、伊藤誠と浅田弘幸の最新作をご紹介したいと思います。

『兎-野性の闘牌-』(伊藤誠/竹書房)

兎-野性の闘牌-
『月刊近代麻雀オリジナル』にて連載中
●伊藤誠・著
●竹書房 既刊10巻
●定価 590円(税込)

 単行本『SEX』の最終巻に作画スタッフとしてクレジットされている伊藤誠が、麻雀まんが専門誌で連載中の『兎-野性の闘牌-』は、作中のキャラクターが登場する麻雀ゲームも各種リリースされているヒット作です。
 じゃあ、麻雀がわからないと読んでもあんまり面白くないの? いえいえ、そんなことはありません。第11回でご紹介した将棋まんがも、将棋に関する知識や経験がなくても、楽しめるのと同じように、麻雀ができなくても、麻雀まんがを楽しむことは可能です。特にこの作品は登場人物の外見や性格が魅力的で、ストーリーのテンションが高いので、麻雀のルールがよくわかってなくても、一気に読み進めてしまえる勢いがあります。
 物語の中心となっているのは、中高生によって構成された代打ち集団「ZOO」。代打ちとは、麻雀まんがでは定番の設定で、裏社会からの依頼を受けて麻雀を打つ行為、さらに、そうした依頼を請け負って麻雀を打つプロのことを指す言葉です。
 麻雀まんがにおいては、麻雀の勝敗が裏社会全体の動向を左右するほどの効力を持っているので、代打ちの麻雀は常にハイリスク・ハイリターンの真剣勝負、負けた場合には代打ちが身をもって責任をとらされることも。
 「ZOO」に集まっているのは、そうしたリスクを承知の上で、麻雀に自らのすべてを賭け、決して臆することなく闘い続けている少年少女たち。メンバーのそうした強靭さは、『SEX』のユキ・ナツ・カホの傍若無人な暴れっぷりを、時に髣髴とさせるものです。
 主人公・武田俊(しゅん)は、青い目でほぼ金髪という人目を引くルックスであるのに、おとなしい性格であることが災いして、学校でいじめにあっていました。少しでも目立たないようにと、おどおどしながら息をひそめているだけだった俊の人生が、麻雀と出会い、「ZOO」の一員となったことで激変します。
 「ZOO」のメンバーは、それぞれの麻雀のスタイルに応じて、動物の生態にちなんだ仕事上のコードネームを持っています。初心者でありながらも入園テストを見事にクリアして、「ZOO」に加入した俊に与えられた暗称は「兎」。危険を察知する鋭い感覚が「兎」こと俊の能力です。「兎」の能力を駆使しながら、代打ちの修羅場を経験したことで、ひ弱ないじめられっ子だった俊は急成長を遂げ、彼自身も無自覚だったその非凡な才能を開花させていきます。
 俊の「兎」とは、他のメンバー全員を凌駕するほどの最強の異能であること、そして、その特別な才能が彼の出生の秘密に由来するものであることが、次第にあきらかになっていきます。

 『兎』という作品は、麻雀の打ち方の特性とキャラクターの設定を結びつけることで、麻雀まんがに"キャ���萌え"の要素をプラスしています
 「豪運」の持ち主であり、男気にあふれた「園長」こと風間巌(いわお)のもとに集まった「ZOO」のメンバーは男女混合の総勢11名。その中で最も人気があるのは、唯我独尊の格闘美少女である「ジャッカル」こと久坂明だそうです。小柄なのに麻雀と空手がめちゃくちゃに強い「ジャッカル」は、いわゆるツンデレ。また、不穏に屈折したメガネ男子「シャモア」こと滝沢隆史、冷血の天才少女「フェネック(キツネ)」こと加藤優子といった他のメンバーも、キャラがそれぞれしっかり立っていて、主人公である「兎」がかすんでしまうぐらいに、強烈な存在感を放っています。

 現在進行中の「裏社会決闘編」では、俊の出自に関わりを持つ謎の天才集団「D・D軍」に立ち向かう、「ZOO」の戦いぶりが展開されています。絶海の孤島で命がけの同士討ち麻雀を強いられている「ZOO」。苦戦する彼らを、そして、さらなる覚醒と進化を遂げつつある「兎」を待ち構えているのは、一体、どんな結末なのか......?
 本作品における麻雀は、単なる娯楽としてのゲームや金銭を目的としたギャンブルではなく、自己のすべてを投入して戦うデスマッチとして描かれています。つまり麻雀卓とは、人間の中に潜む野生の本能がむき出しになり、打ち手の生きざまがぶつかりあう過酷な戦場なのです。卓上での牌の動きが、4人の打ち手のすべてを表現し、時にはその生死をも決定します。
 麻雀での敗北が死に直結する状況というのは、麻雀まんがに特有のシチュエーションですが、本作品の場合、コマ割りやキャラクターの表情などによって演出された絵の迫力、また、独特の美意識や哲学を感じさせる言葉づかいが、圧倒的な緊迫感を作り出し、作品全体のインパクトを強めています。
 ということで、「裏社会決闘編」の行く末が気になってたまらないのですが、次の11巻の刊行はいつになるのやら。遅筆で有名な師匠、その弟子もまた遅筆!という噂ですから......とにかく気長に待つしかなさそうです、ええ、お待ち申し上げておりますとも!

『テガミバチ』(浅田弘幸/集英社)

テガミバチ
『ジャンプスクエア』にて連載中
●浅田弘幸・著
●集英社 既刊4巻
●定価 440~460円(税込)

 浅田弘幸が90年代前半に発表した『眠兎』(ミント)。全編にわたって中原中也の詩が引用されており、また、絵柄のみならず、キャラクターやエピソードにも、上條淳士の代表作『TO-Y』からの影響が強く感じられる作品でもありました。しかし、その後の作品においては、絵的にもストーリー的にも、独自の作風が確立されています。
 「another SEX」で、浅田弘幸が描いているのは、ふてぶてしい表情を浮かべたナツ。そのナツは上條淳士による本編のナツよりも少し幼く見えます。浅田弘幸が太めの描線で描く人物は、顔の輪郭や目が丸みを帯びていて、上條淳士が細く均等な線で描く、面長で切れ長の目をした人物よりも、ややあどけない印象があります。そうした印象の違いは、浅田弘幸の主な活動の場が、青年誌ではなく少年誌であることによっているのかもしれません。
 『ジャンプスクエア』誌上で現在連載されている『テガミバチ』は、愛らしい容貌と純粋な心の持ち主である少年が活躍するファンタジー。単行本の表紙をはじめとするカラーイラストは、青みがかった色彩がとてもキレイで、まるで外国の絵本のような美しさです......!
 『テガミバチ』の舞台は常に夜の闇に覆われた国「AG(アンバーグラウンド)」。厳しい階級制度が存在する「AG」は、3つの居住区域に分断されています。人工太陽が輝く首都「アカツキ」に住めるのは一部の特権階級だけ。国民の大半は人工太陽の光が届かない危険な土地「ヨダカ」で貧しい生活を営んでいます。
 この国で利用できる唯一の通信手段が「テガミ」。「テガミ」を配達するのが、「テガミバチ」という通称で呼ばれる国家公務員です。送り主の「こころ」が託された大切な「テガミ」を、命がけで宛先に送り届けることをその職務としている「テガミバチ」は、「AG」では特別な存在であり、人々から大いに畏怖されていました。
 物語は、主人公のラグ・シーイングと「テガミバチ」であるゴーシュ・スエードの出会いからはじまります。謎の男たちによって一緒に暮らしていた母親を突然連れ去られたラグはまだ7歳。幼いラグは、配達を待つ「テガミ」として、町はずれのポストに鎖で繋がれて放置されていたところを、ゴーシュによって発見されます。
 混乱して泣きわめくラグを、ゴーシュはあくまでも「テガミ」として扱い、ラグを連れて旅立ちます。ふたりの旅は、思わぬ苦難に満ちたものとなりましたが、ラグを宛先に送り届け、配達を終えたゴーシュは、「テガミ」ではなく友達として、ラグをしっかりと抱きしめます。「テガミバチ」としてのゴーシュの「こころ」の強さと優しさを知り、彼を慕うようになったラグは、自分もゴーシュのような「テガミバチ」になろうと固く心に誓ったのでした。
 12歳になったラグは、「テガミバチ」となるための審査を受けるべく、住み慣れた「ヨダカ」から「郵便館(ハチノス)」のある「ユウサリ」へと旅立ちます。審査を見事にパスして「テガミバチ」として採用されたラグでしたが、その喜びも束の間、再会を楽しみにしていたゴーシュが数年前に失踪したまま、行方不明になっていることを知らされ、衝撃を受けます。
 しかし、ゴーシュと同じ「テガミバチ」となる夢をようやくかなえたラグは、かつて触れたゴーシュの「こころ」を受け継ぎ、さらに大きな夢へと向かっていこうと決意します。そして、「相棒(ディンゴ)」のニッチとステーキともに、「テガミバチ」としての仕事に赴いていくのでした。
 それにしても、かつて目の前で連れ去られたきりで行方知れずのおかあさん、「こころ」を失って「テガミバチ」を解雇され、そのまま姿を消してしまったというゴーシュ......ラグの大切な人たちはいったいどこに行ってしまったのでしょう? ラグの左目に義眼として隠されている不思議な力を持つ「精霊琥珀」��秘密とは?
 緻密に作り上げられた世界観、多くの謎と不思議、続々と登場する魅力的なキャラクターたち! 読み応えのある壮大なファンタジーとなる予感がひしひしと感じられる『テガミバチ』。ラグ・シーイングの「テガミバチ」としての冒険はまだはじまったばかり。今後の展開が楽しみです!

 今回ご紹介した伊藤誠と浅田弘幸は、上條淳士のクールで洗練された画風から影響を受けた作家ですが、単なるフォロワーにとどまることなく、プロとして活躍し続けています。
 『兎』の主人公である武田俊は、風間巌への憧れをきっかけに麻雀にのめりこみ、やがてその「背骨」を受け継いで、「兎」として闘い続けます。また『テガミバチ』の主人公であるラグ・シーイングは、ゴーシュ・スエードを目標として自らも「テガミバチ」となり、ゴーシュの夢を自らの夢として、高らかに宣言します。
 巌から俊へ、ラグからゴーシュへ......。両作品に共通しているのは、主人公が憧れの人物の思いを受け継いで生きていく、というプロットです。このことは、作者自身が創作における影響関係をどう受け止めてきたか、という現実の問題と、もしかすると、どこかで一脈通じているのかもしれませんね......。

 それでは、また次回!

2008年09月22日